はっちゃん帰路をゆく

  • 明日11/20(日)の文学フリマ東京35にて生物SFアンソロジーなまものの方舟/方舟のかおぶれが頒布されるのを記念して、過去に書いた生物SF「はっちゃん帰路をゆく」を公開します。
  • もともとは「見るなのタブー」がテーマの創作アンソロジー『息 -Psyche- vol.4』(2019年刊行)に寄稿したものです。
  • 『なまものの方舟』に寄稿した短編とは一切無関係です。設定も文体もテイストも何もかもが異なります。
  • 文学フリマ東京35の頒布情報はこちらの記事をご覧ください。

 

はっちゃん帰路をゆく

 むかしむかし、あらゆるところで、あらゆる生きものが死にました。

 そのころの生きものたちは現代に比べてはるかに多種多様で、それはそれはみごとな生態系をつくりあげていましたが、動物も、植物も、その他のごく小さな生きものたちも、みんな一瞬で死にました。陸地に立っていたものも、地面に潜っていたものも、水中を漂っていたものも、雲上を飛んでいたものも、みんな一斉に死にました。何をするということもなく、これから産まれるのをじっと待っていたものでさえ、産まれるまえに死にました。この世のすべての生きものが、ひとつの例外もなく死にました。死に絶えました。

 ひょっとして、何か、とても大きな爆発が起こったんじゃないか。

 ちっちゃなタコのはっちゃんは、あとからそう思いました。はっちゃんというのは、このお話のために便宜上つけた名前です。

 あのとき、この世のどこかで巨大な何かがはげしく炸裂したせいで、みんなその爆発に巻き込まれて死んでしまったのではないか……というのがはっちゃんの考えでした。しかし、死んだあとになってからではそれを確かめるすべはありません。八本の腕を四つに組んで思い出そうとしてみても、当時の記憶はおぼろげで、覚えているのはとてつもなく眩しい光、ただそれだけでした。他の生きものたちにも何か覚えていないか訊いてみましたが、みんなはっちゃんと似たり寄ったりで、死んだときのことをはっきり記憶しているものは誰もいませんでした。あまりにも突然のできごとだったので、誰もその瞬間をちゃんと見ていなかったのです。「何が起こったかまるでわからず、いつのまにやら死んでいた」というのが生きものたち全員の思うところでした。

ホタテガイのじーさんなんか、あんなにたくさん目があるってのに何を見てたんだか」タコのはっちゃんはぼやきます。「まったく、気づいたらみんなそろってあの世にいるってんだから情けないよ」

 そうです。はっちゃんたちはあの世にいました。あの世――冥府や冥界、黄泉の国と呼ばれることもありますが、つまりは死後の世界のことです。

 古くからあの世に棲むものたちが、ここがあの世であることを教えてくれました。あの世に棲むものたちは、いきなりやってきたはっちゃんたちにたいそう驚いていましたが、それでも親切に、あるいは冷淡に、はっちゃんたちがすでに死んでいることを宣告したのです。とはいえ、はっちゃんたちが死んだ原因については、あの世に棲むものたちにも分からないようでした。あの世にとっても、このようなできごとは初めてでした。

 調査が終わり今後の方針が決まるまでその場でじっと待っているように、とあの世に棲むものたちははっちゃんたちに言いました。そんなこと言われなくても、動きようがありませんでしたが。なぜって、この世のありとあらゆる生きものたちが一度にまとめて押しかけてきたせいで、あの世はどこもかしこもぎゅうぎゅうづめになっていたのですから。

 そのような混み具合にもかかわらず、あの世に棲むものたちはひらりと姿を消しました。それからずいぶんと時間が経っているような気がします。

「まだかなあ」はっちゃんの横で、ヒトデのごーちゃんがぽつりと言いました。

「うーん、せまいよう」ウニのせんちゃんもちょっぴり苦しそうです。

「不思議なところだねえ」ウミヘビのれいちゃんはあの世に興味津々のようでした。

 ごーちゃん、せんちゃん、れいちゃんというのは、このお話のために便宜上つけた名前です。みんな、あの世に来たときにたまたまはっちゃんの近くにいたことがきっかけで知り合ったのですが、あっという間に種族や捕食関係を越えて仲良くなりました。みんな死んでいるので、もはや捕食も何もないというところが幸いしたのでしょう。

「まったく、どれだけ待たされるんだろう……」

「せまいよう、こわいよう、とうちゃんたちはどこにいるんだよう」

 はじめのうちはみんなで愉快におしゃべりをして暇をつぶしていたのですが、いつまで経ってもあの世に棲むものたちは現れず、そのうちヒトデのごーちゃんとウニのせんちゃんは泣き言を漏らすようになっていました。彼らだけではなく、あの世の各所で不満の声があがっているようです。遠くのほうからは喧嘩めいた騒ぎも聞こえてきました。

「まあまあ、きっともうすぐ戻ってくるって」

 はっちゃんはそう言って、めそめそするふたりを無理やりなだめました。これまでに根拠のない「もうすぐ」を何度繰り返したことでしょうか。

「変だなあ。おもしろいなあ」

 ウミヘビのれいちゃんだけは楽しそうです。

「何がおもしろいんだ?」

 はっちゃんが訊くと、ここが水の中ではないことだよ、と答えが返ってきました。

「だけど、水の外ともまた違う。なんだかねっとりとしているね」

 たしかに、はっちゃんたちがいる場所は水中ではありませんでした。はっちゃんたちの周りは、ねばりけの強い、よどんだ空気のようなもので満たされています。すでに死んでいるせいか息苦しいということもなく、いたって普通に過ごしていられるのでこれまで気にも留めていませんでしたが、言われてみれば変なことです。おもしろいかはさておき。

「ここには海にいたやつらだけじゃなくて、川にいたやつらだっているし、陸や空にいたやつらだっている。みんなごちゃ混ぜになっているんだ。ほら、上を見てごらんよ」

 れいちゃんに促されるまま、はっちゃんはなんとか頭を動かして空を見上げました。なかなか身動きのできない地上とは異なり、上のほうはまだいくらか空いているようでした。粘性のある空気の中を、数多くの魚やクラゲがゆっくりと周回するように泳いでいます。

「ちょっと行ってみようぜ」

 そう言ったかと思うとれいちゃんは、密集している生きものたちのあいだをするりと抜けて、上のほうへと泳いでいってしまいました。あわててはっちゃんも追いかけます。「まだなのかなあ」「はやくとうちゃんたちに会いたいよう」などと、まだふにゃふにゃ言っているごーちゃんとせんちゃんは置いていくしかありませんでした。

 空を泳ぐというのはどうにも不思議な感じがしました。からだにまとわりつくものが違うからでしょうか。それとも見える景色が違うからでしょうか。小さな泡がどこからも浮かび上がってこないことが不思議でした。地面からにょっきりと生えている植物の、あまりにも太くて長いことが不思議でした。そうやってあの世の光景に見蕩れていたせいでしょうか、よくいろいろな生きものにぶつかってしまい、そのたびにごめんなさいを言いました。

 はっちゃんとれいちゃんは、魚やクラゲたちのいる高さまでのぼってきて、そこで一休みすることにしました。さらに上では蝶や鳥の群れがぐるぐると飛び回っています。どうやら上に行けば行くほど粘性が低くなっていて、この世の空と同じような居心地になっているようです。一羽のカモメが羽を休めようとして、ねばりけに戸惑いつつも降下し、頭ひとつ抜けていたキリンの首のうしろに留まりました。キリンの首のうしろには先客のカニグモやアマガエルもいました。陸地に上がることの多いれいちゃんがひとつひとつ名前を教えてくれましたが、海から出たことのないはっちゃんにとっては見たことのない動物ばかりでした。

「こうやって一ヶ所に集めてみると実感するけど、動物って、やっぱり大きく二つに分かれるんだなあ。おもしろいなあ」

 れいちゃんは感慨深げに言いました。

「二つって?」

「ぼくたちみたいなやつか、あそこのクラゲみたいなやつかってこと」

 れいちゃんが言わんとしているのは、つまりはこういうことでした。

 動物は、大きく二種類に分けることができます。一つは、タコやウミヘビのような、中心軸を挟んで左右対称の姿をしている動物。カモメやキリンも正面から見れば左右対称です。もう一つは、クラゲのような、中心軸に対して放射状に対称な動物。そういえば、お星さまのかたちをしているヒトデや、四方八方に棘を伸ばしているウニも、放射状に対称ですね。

 食べものを求めて決まった方向に効率良く移動するため、動物のほとんどはこの二種類のどちらかのかたちをしていました。脚、ひれ、翼、触手など、中心軸に対して対称的な繰り返し構造を持つことで、容易にバランス良く一方向へ進むことができるのです。もちろん、細菌などのごく小さな生きものや植物はこの限りではありませんし、動物の中にはみずから動かないことを選択した種もいましたが。

 左右対称の動物と、放射状に対称の動物。種の数で比べたら、後者の方がすこし多いくらいでした。むかしはクラゲの仲間が水陸問わずたくさんいましたから。

「ほら、あそこにひとり浮かんでいるクラゲはいっぷう変わっていてね、地上ではまるでクモそっくりに地面を這うんだけど、クモよりもたくさんの目が――」

 もとからクラゲに並々ならぬ関心を持っていたのでしょうか、れいちゃんは熱心に語ります。

 一方、はっちゃんはうわのそらでした。もうクラゲなんて見ていません。れいちゃんの「ぼくたちみたいなやつ」という言葉から、別のことを連想していたのです。

 ウニのせんちゃんははぐれてしまった家族との再会を心から願っているようでしたが、はっちゃんにも、どうしてももう一度会いたい相手がいました。それは、天敵のウツボに食べられてしまったお母さんです。今よりもさらにちっちゃかったはっちゃんがウツボに襲われそうになっていたとき、ごつんと勢いよく体当たりしてはっちゃんを突き飛ばし、身代わりになってくれたのです。

 ここがあの世だと言うのなら、どこかに必ず死んだお母さんがいるはずです。そう気づいたはっちゃんは、周囲を見回して「自分みたいなやつ」を探しはじめました。前を見て、横を見て、後ろを見て、上を見て、下を見て、それからもう一度前を見ました。ですが、どこもかしこも種々雑多な生き物だらけで、お母さんどころか、同じタコの仲間すら見つけることはかないませんでした。

かあちゃん……」 

 

          🐙

 

 そうこうしているうちに、やっとあの世に棲むものたちが戻ってきました。どこからともなく不意に空中に現れたかと思うと、はっちゃんたちこの世の生きものに向かってこう告げます。

 ――こちらの手違いで、うっかり現世を崩壊させてしまった。

 ――さきほど復旧が完了したので、すみやかにお引き取り願う。

 なんて言い草だろうか、とはっちゃんは素直に思いました。

 しかしそれからは、これまでずっと待たされていたのが嘘みたいに、てきぱきとものごとが進んでいきました。あの世に棲むものたちも、これほどまでに窮屈なあの世はそうとう嫌だったようです。

 あの世に棲むものたちの旗振りに従って、はっちゃんたちこの世の生きものはぞろぞろと長い列になって移動します。はっちゃんも、あの世のどこかにいるはずのお母さんの存在に後ろの腕を引かれつつ、れいちゃんと一緒に空をくだりました。母親仕込みの後ろ向き泳法は、素早くまっすぐ泳げますが、進行方向がよく見えないのが難点です。

 大きなホタテガイのお爺さんを目印に、なんとかごーちゃん、せんちゃんのいるところまで戻ってこられました。

「あれ、こんなに余裕あったっけ?」

 地上に着いたはっちゃんは、ふと違和感を抱きました。いつのまにか、以前ほどぎゅうぎゅうづめではなくなっています。それに、あの太くて長い植物――「木」と呼ぶのだとれいちゃんが教えてくれました――がどこにも見当たりません。いや、他にも姿を消した生きものがちらほらいるような……。

 あの世に棲むものたちに訊いてみると、植物やサンゴやイソギンチャクなど自力で移動できない生きものは、すでに復旧したこの世に返送済みとのことでした。返送なんて真似ができるのなら我々も返送してくれと動物側から声が上がりましたが、あの世の資源の都合か、要望は聞き入れられませんでした。今回採用されたこの世への経路も、本来はこのような一斉帰還用途に使うものではないらしく、大量の生きものを一度に通すために狭い道を急拵えでむりくり広げたという話でした。

 移動しはじめてから分かったのは、各自の歩幅やそもそもの移動方法による圧倒的な速度の差でした。はっちゃんたちの頭上では鳥や魚がすいすいと進んでいっています。クラゲたちも、からだを伸縮させて優雅に空を泳ぎます。地上では、大きな四足歩行の陸上動物たちがどんどん追い抜いていきます。はっちゃんたちは誤って踏み潰されないようにするだけでたいへんです。すでに死んでいるので、踏み潰されたとしても別にどうってことないのですが、ちょっといやな気分になります。

 タコのはっちゃんは、八本ある腕を一生懸命動かして歩いていました。本当は泳いだほうがずっと速いのですが、友達を置き去りにしてひとりだけ抜け駆けするわけにもいきません。あの世に棲むものたちを待っているあいだに空の上をちょっと見に行ったときとは事情が違います。

 ウミヘビのれいちゃんもはっちゃんと同じ気持ちだったようで、ヒトデのごーちゃんやウニのせんちゃんと速度を合わせて、すこし前方でゆっくり地面を這ってくれています。ホタテガイのお爺さんはさっさと跳びはねていってしまいました。その意外な俊敏さにみんな驚きました。

「まあ、ウチらのことはそんな気にしなくていいよ。遅かれ早かれ、みんな無事におうちに帰れるみたいだし」

 からだの下側にある、管足という触手めいた器官をうねらせながら、ごーちゃんが言いました。

「そうそう。きっととうちゃんたちも同じくらいゆっくりだと思うから、先に行っててもいいよう」

 せんちゃんも、白い管足をくねくねと伸ばします。実はヒトデとウニはどちらも棘皮動物という種類で、移動方法も似通っているのです。

「ここまでずっと一緒だったんだから、最後までつきあうよ」

 そうはっちゃんは言い返しますが、そこには「この世に帰るぎりぎりまでお母さんを探したい」という別の思惑もありました。ゆっくり歩きながら、盲点のない長方形の瞳で、広い視界を活かして左右をうかがいます。今となっては、ただ母親と再会するだけではなく、そのままこの世に連れ帰りたいという願望まで生まれていました。しかしそんなはっちゃんの思いとは裏腹に、お母さんは見つからないまま、すこしずつ帰路は終わりに近づいていくのでした。

 ところが、なんだか周囲の様子が変わってきたなとはっちゃんが感じたころ、急にその声は聞こえてきました。

 ――これより冥界と現世の境。

 ――この先は、けして振り返ってはならない。

 ――振り返って後ろを見れば、二度と現世には戻れない。

 それはあの世に棲むものたちの声でした。

「振り返るなだって?」最初に反応したのはヒトデのごーちゃんです。「そんなこと言われても困っちゃうよ。振り返るも何も、ウチってそもそも……うわあああ!」

 叫び声とともに、はっちゃんのすぐとなりにいたごーちゃんが消えました。まるで、あの世に棲むものたちが姿を消したときみたいに、ひらりといなくなってしまったのです。

「え、なに、どうしたの」次はウニのせんちゃんでした。「後ろを見たら現世に戻れないって、そんなのもう遅いよう。だってはじめっから……ひっ」

 はっちゃんのすぐ後ろにいたせんちゃんの叫び声は途中でかき消えました。何かが起こったのは間違いありません。ですが、はっちゃんは振り返ることができませんでした。ごーちゃんやせんちゃんの身に何があったのか、うすうす分かりはじめていたからです。

「なんだ、いったん何が起こったん」はっちゃんのすぐ前方にいたウミヘビのれいちゃんは、残念ながら振り返ってしまいました。その先にある何かを見てしまいました。

 れいちゃんの小さいながらもつぶらな瞳がかっと見開くのも、それから頭から尾の先まで消えてなくなるのも、はっちゃんはすべて目撃しました。そして確信しました。

 ――あ。

 ――やっべ。

 そう、あの世に棲むものたちの声も聞こえました。

 あの世に棲むものたちもようやく気づいたのです。冥界下りをしたものがこの世へと帰る際によく言われる「けして振り返ってはならない」「後ろを見てはならない」という禁忌。あれが禁忌として成立するのは、前後の区別のある動物――すなわち、左右対称の動物だけであるということに。

 ヒトデのごーちゃんは、ヒトデなので星形をしており、その放射状に伸びた五本の腕の先端にひとつずつ小さな複眼がついています。つまり、ごーちゃんは五つの方向を同時に見ていることになり、その方向に前後の区別はありません。ですから、振り返らずともすでに振り返っており、後ろを見ようとせずともいつでも後ろを見ていることになってしまうのです。

 ウニのせんちゃんは、ウニなのでからだの下側に管足がたくさん生えているのですが、その管足の根本と先端に光をとらえる細胞が密集しています。全身の棘を使って余分な光をさえぎり、残った光を管足で関知することにより、からだ全体をひとつの目として使っているのです。その目に前後の区別はありません。ですから、振り返らずともすでに振り返っており、後ろを見ようとせずともいつでも後ろを見ていることになってしまうのです。

 ウミヘビのれいちゃんは、ウミヘビなので左右対称の動物であり前後の区別がありましたが、本当に振り返って後ろを見てしまいました。ごーちゃんやせんちゃんと同じく禁忌を破ってしまい、ひらりと消えていなくなりました。

 きっと彼らは、すぐ後ろにいる何かを見てしまい、あの世の棲むものたちの仲間入りをしたのだ。そうタコのはっちゃんは確信していました。おそらく、今はっちゃんたちが歩いている帰路は、本来ならば左右対称の動物のみが通ることになる道だったのでしょう。無理に道を広げてどんな動物も構わず通すようにして、放射状に対称な動物のことなど何も考慮せずにいつもと同じ禁忌を提示したために、このような事態になってしまったのです。

「ぎゃああああ!」

「助けて! 誰かあ!」

「だめだ、後ろを向くんじゃない!」

「どうしてこんな目にあわなきゃいけないんだ……」

 すぐそばにいた動物たちが突然消えはじめたので、辺りは大混乱です。なごやかな帰り道は一転、恐慌状態に陥りました。あの世なので当たり前と言ってしまえばそれまでですが、地獄絵図とはまさにこのことでした。

 放射状に対称な動物は次から次へと消えていきました。その多くはクラゲの仲間です。海に浮かぶクラゲの仲間も、陸を這い回るクモによく似たクラゲの仲間も、空を飛ぶコウモリによく似たクラゲの仲間も、ほとんどがぐるりと一周囲むように複数の目を持っていたため、片っ端から禁忌を犯したものと見なされました。収斂進化では視覚器の放射対称性は破れませんでした。

 左右対称の動物たちも、思わず振り向いてしまったり、焦ってこの世へひた走る他の動物にぶつかってひっくり返ってしまったりと、不可抗力的に禁忌を犯して消えてゆくものたちがたびたび現れました。そして消えました。

 もはやあの世に棲むものたちにも制御できない阿鼻叫喚のなか、タコのはっちゃんは地道に帰路を歩んでいました。ですが、他の動物たちとは歩幅が全然違います。本当はさっさと泳いで行きたかったのですが、そういうわけにもいきませんでした。なぜなら、タコは進行方向と逆を向いて泳ぐので、完全に後ろを振り返るかたちになってしまうからです。

「とにかく後ろを向かなければいいんだ……」

 ほぼ三六〇度の視野を持つウサギやトンボは、後ろを振り向いているわけではないのでお咎めなしでしたが、視界の端に映る何かに正気を失いかけていました。カニは横歩きでしたが必死に進行方向だけを見ようとしていました。カメレオンは突き出た両目で後ろを見ないようにするため筋肉がつりそうになっていました。ホタテガイのたくさんある目が進行方向側にしかついていないのは幸いでした。モグラは目が退化しているので何がなにやら分かりませんでした。

「ただ、ひたすら前に進めばいい……」

 オットセイが大きく背を反らしすぎて後ろを見てしまいました。ダンゴムシが丸まって転がっていきました。トナカイの角がどこかに引っかかって首がぐるんと回ってしまいました。キリンからぶら下がっていたクモの糸が風で翻りました。ハシビロコウは最初にいた場所からすこしも動いていませんでした。

「ごーちゃん、せんちゃん、れいちゃん、ごめんね……、でも……」

 コバンザメは全然そんなつもりがなかったのに、くっついていたサメが旋回しはじめました。カメは頭を引っ込めたまま進もうとしましたが、しだいに方向がずれて完全に後ろを向いてしまいました。その甲羅の上に乗っていたサソリが首筋にちくりと毒針を刺しました。クジラが口の中に多くのクラゲを匿いましたがうっかりそのまま飲み込んでしまいました。

「あと、もうちょっと……」

 双頭のヘビがどっちが前に進むかで喧嘩をはじめてしまいました。頭が三つあるイヌが一つだけ後ろを向いてしまい、頭が二つあるイヌになりました。頭が八つあるトカゲが以下略でした。ハナアルキが上下反転しながら進んでいるこの方向は前だろうか後ろだろうかと悩みはじめました。ヒトの祖先は落ち着いて一歩一歩足を進めていましたが、この世の入り口に辿り着く直前で、好奇心に負けて後ろを振り返ってしまいました。

「こ、これが……!」

 はっちゃんの視線の先には白く大きな光源がありました。はっちゃんを跨いで追い抜いていったゾウが、その光の向こうへと進んでいきました。アブやハヤブサやベニマグロも次々と光に飛び込んでいきます。ついにあの世とこの世の境の終わり、この世への入り口に辿り着いたのです。あとたった数歩で、この世に帰ることができるのです。

 ところが、そんなはっちゃんのもとに黒い影が迫っていました。

 そう、天敵のウツボです。

 あの世ではみんな死んでいるので種族の違いも捕食関係も気にせずにいられましたが、ここまでこの世に近いところに至っては、そうも言っていられません。今やはっちゃんたちは死んでいるとも生きているともつかないものになっていて、種族の違いも、捕食関係も、あの世ではまったく抱かなかった空腹感も復活していました。

 ウツボのぼーちゃんは、空の上からはっちゃんの背後へと音もなく忍び寄ります。ぼーちゃんというのはこのお話のために便宜上つけた名前です。はっちゃんはぼーちゃんに気がついていません。白い光に目を奪われています。

 このままぼーちゃんの存在に気づかないと、はっちゃんはぼーちゃんに食べられてしまいます。あの世とこの世の境で、死んでいるとも生きているともつかないものが、死んでいるとも生きているともつかないものに食べられるとどうなるのでしょうか。少なくとも、無事にこの世に帰れないことは確かでしょう。

 かといって、ぼーちゃんの存在に気がついて振り向いたら最後、はっちゃんは禁忌を犯したことになってしまいます。お友達のようにひらりと消えて、あの世の棲むものたちの仲間入りです。どちらにせよはっちゃんはこの世に帰れなくなってしまうのです。

 どちらも行き止まりの岐路でした。

 帰路ならぬ岐路でした。

 そのような岐路に立たされていることを、はっちゃんはまだ知りません。背後から見下ろすぼーちゃんにとっても知ったことではありません。

 内臓の詰まった丸い腹の部分からはっちゃんを丸呑みにしようと、ぼーちゃんが大口をくわっと開けた――そのときです。

「うわっ!」

 はっちゃんは叫びました。

 いきなり後ろから誰かに突き飛ばされたのです。

 吸盤を使ってしっかり地面にはりついていたわけでもないので、はっちゃんはいとも容易く前方に吹っ飛んで、白い光の中に入っていきます。はっちゃんにはいったい何が起こったのかまるで分かりません。ただ、後ろからきた衝撃の余韻が、からだじゅうに響いていました。その余韻に、かすかな懐かしさを覚えていました。

 もしかして。そう思ったはっちゃんは、禁忌のことも忘れて振り返ります。

 しかしそこはすでに海の中。

 振り返った先には誰もおらず、何ごともなかったかのように海草が揺れているだけなのでした。

 

          🐙

 

 こうしてタコのはっちゃんは、無事にこの世に帰りつくことができました。はっちゃんだけでなく、多くの左右対称の動物はあの世から自分たちの棲み家へと帰ってこられました。

 一方、放射状に対称な動物たちは、一部のクラゲがなんとか他の動物の体内に隠れて密航したおかげで生き延びましたが、あとはほとんど全滅でした。ウニやヒトデは、実は幼体が左右対称だったのですこし助かりました。

 現在、地球上に蔓延る動物たちがどれもこれも左右対称ばかりで、それにくらべて放射状に対称な動物があまりにも少ないのは、つまりはこういうわけだったのです。

 

 

2022/11/20「文学フリマ東京35」の告知

どうも、稲田一声(17+1)です。

2022/11/20(日)に、東京流通センターにて「文学フリマ東京35」という入場無料のイベントがあります。小説・評論・ノンフィクション・ZINEなどなどの展示即売会です。

文学フリマ東京35で販売されるいくつかの本に、自分の書いた小説が収録されています。数えてみたら4つのブースで5冊の本が出るみたいです(うち2冊は東京のイベントでの初売りです)。

というわけで、以下にまとめて告知します。

文学フリマ東京35の開催情報はこちら↓

bunfree.net

なお、文学フリマ東京に来場される際は、朝の自主検温、マスクの着用、接触確認アプリの導入などの感染症対策へのご協力をよろしくお願いいたします。(「文学フリマにご参加の皆様へのお願い/新型コロナウイルスへの対応について」もご確認ください)

(各見出しの頭にあるのはブースの位置を示す番号です)

F-15】VG+ バゴプラ『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』『なまものの方舟/方舟のかおぶれ』

あたらしいSFレーベルKaguya Booksの刊行書籍第1弾である、井上彼方編『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』(社会評論社)に、「人間が小説を書かなくなって」という短編が載っています。タイトルの通り、人間が小説を書かなくなったあとの世界を舞台にした、世界観の異なる8つの小さな物語です。どれか1つが現実世界のお話で、残り7つはその現実世界で(人間以外によって)書かれた小説なのではないか……というふうに考えながら読むと、よりいっそう楽しめるのではないかと思います。AIが書いた小説と見せかけて、実は全部○○○が書いた小説かもしれませんね。

また、同じく井上彼方さんによる生物SFアンソロジー『なまものの方舟/方舟のかおぶれ』に、「ぶるぶるちゃん、お顔を上げて」という短編と生き物のコラムを寄稿しています。火星生まれのアパトサウルスにまつわる、ひと夏の思い出の話です。表紙にもキュートな姿が描かれていますね。ちなみに、登場人物の名前は『スティーブン・ユニバース』が元ネタです。

表紙から始まる『なまものの方舟』ではSF短編小説のアンソロジーを、裏表紙から始まる『方舟のかおぶれ』では『なまものの方舟』に出てきた生き物たちを紹介するコラムを載せています。文学フリマ大阪で頒布されたバージョンからさらに参加メンバーが増え、表紙・裏表紙も新しく生まれかわっているので、ほぼ新刊です!

出店ブースのWebカタログはこちら。カタログには載っていませんが、谷脇クリタさんによる『新月』の表紙イラストを使ったTシャツも販売されるそうです。

F-16】犬と街灯『貝楼諸島へ』

架空の島々を舞台にしたアンソロジー『貝楼諸島へ/貝楼諸島より』。こちらは2分冊になっているのですが、その『貝楼諸島へ』のほうに「跡地だった場所」という掌編を寄稿しています。失踪した友人をマッチングアプリで偶然見つける話です。

上のツイートにもある通り、去年の文学フリマ東京で頒布されたときにはあっという間に売り切れていた覚えがあります。2冊とも装丁がめちゃくちゃかっこいいので、ぜひセットでお手に取ってみてください。

出店ブースのWebカタログはこちら。同ブースで頒布される谷脇栗太(谷脇クリタ)さんの掌編集『ペテロと犬たち』も気になります。

【G-05】RIKKA ZINE『Rikka Zine Vol.1 Shipping』

日本、ブラジル、インド、中国、韓国のSF短編小説プラス論考を載せたZINE『Rikka Zine』創刊号に、「きずひとつないせみのぬけがら」という短篇を寄稿しています。そう、このブログと同じタイトルです。奇妙な蝉の抜け殻からはじまる、ひと夏の思い出の話です。(前述の「跡地だった場所」もひと夏の思い出の話なので、ふた夏の思い出になってしまいました)

すぐれた幻想怪奇小説の書き手であり大学時代からの付き合いでもある鞍馬アリスさんや、キャラクターの関係性と軽妙な会話が魅力的であり雨月物語SF合同『雨は満ち月降り落つる夜』でお世話になった笹帽子さん、『新月』でもご一緒させていただいた千葉集さん・もといもとさんなどなど、面白い小説を書かれるかたがたが集まっています。また、海外の新鋭作家のSF短編小説などを一度に堪能できるのも素敵なところ。下記リンクで詳細な内容が読めます。

rikka-zine.com

出店ブースのWebカタログはこちら。同ブースで頒布されるグルメレポZINE『鹿が店を発見する』もおすすめです。

【Y-17~18】SCI-FIRE『Sci-Fire 2022』

Sci-Fire 2022

『Sci-Fire』はゲンロン大森望SF創作講座修了生有志による同人誌で、年に一回テーマを決めて制作しています。今号のテーマは『インフレーション/陰謀論です。頭韻と脚韻。
私は「陰謀論」パートの方に「パレイドリア」という短篇を寄稿しました。幼いころから、目に映るさまざまな光景に心霊写真のごとく「顔」を見つけてしまう三木撚子(みき・よりこ)。大学生になった撚子は、自分と同じく何もないところに「顔」を見つけてしまう人々がたくさんいることをSNSで知ります。「顔」の正体は何なのか、どうして自分たちは「顔」が見えるようになったのか。さまざまな説がSNSを飛び交い、やがてある事実が白日の下に晒されます。

出店ブースのWebカタログはこちら

というわけで

以上、よろしくお願いいたします……!

2022/09/25文学フリマ大阪の告知と「小説すばる」エッセイ掲載のお知らせ

どうも、稲田一声(17+1)です。

しばらくブログを更新しないうちに、自分の書いた文章がさまざまな本・雑誌に載ることになりました。ありがたいことです。

その多くが明日2022/09/25(日)の第十回文学フリマ大阪で販売されるので、まとめて告知します。あいにく自分は当日会場には行けないのですが、よろしくお願いいたします。

第十回文学フリマ大阪の開催情報はこちら↓

bunfree.net

【G-04】犬と街灯『貝楼諸島へ』

架空の島々を舞台にしたアンソロジー『貝楼諸島へ/貝楼諸島より』。こちらは2分冊になっているのですが、その『貝楼諸島へ』のほうに「跡地だった場所」という掌編を寄稿しています。失踪した友人をマッチングアプリで偶然見つける話です。

上のツイートの画像からもわかるとおり、2冊とも装丁がめちゃくちゃかっこいいので、ぜひセットでお手に取ってみてください。ツイートのツリーに書いてありますが、参加メンバーも豪華です!

出店ブースのWebカタログはこちら

【H-51】RIKKA『Rikka Zine』Vol.1 Shipping特集号

日本、ブラジル、インド、中国、韓国のSF短編小説プラス論考を載せたZINE『Rikka Zine』創刊号に、「きずひとつないせみのぬけがら」という短篇を寄稿しています(そう、このブログと同じタイトルです)。奇妙な蝉の抜け殻からはじまる、ひと夏の思い出の話です。

すぐれた幻想怪奇小説の書き手であり大学時代からの付き合いでもある鞍馬アリスさんや、キャラクターの関係性と軽妙な会話が魅力的であり雨月物語SF合同『雨は満ち月降り落つる夜』でお世話になった笹帽子さん、後述する『新月』でもご一緒させていただいた千葉集さん、もといもとさんなどなど、面白い小説を書かれるかたがたが集まっています。また、海外の新鋭作家のSF短編小説などを一度に堪能できるのも素敵なところ。下記リンクで詳細な内容が読めます。

rikka-zine.com

紙の書籍を手に入れる機会は限られているので、この文学フリマ大阪をお見逃しなく。

出店ブースのWebカタログはこちら

【L-07】VG+ バゴプラ『新月』『なまものの方舟/方舟のかおぶれ』

あたらしいSFレーベルKaguya Booksの刊行書籍第1弾である、井上彼方編『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』(社会評論社)に、「人間が小説を書かなくなって」という短編が載っています。タイトルの通り、人間が小説を書かなくなったあとの世界を舞台にした、世界観の異なる8つの小さな物語です。どれか1つが現実世界のお話で、残り7つはその現実世界で(人間以外によって)書かれた小説なのではないか……というふうに考えながら読むと、よりいっそう楽しめるのではないかと思います。

また、同じく井上彼方さんによる生物SFアンソロジー『なまものの方舟/方舟のかおぶれ』に、「ぶるぶるちゃん、お顔を上げて」という短編と生き物のコラムを寄稿しています。火星生まれのアパトサウルスにまつわる、ひと夏の思い出の話です。ひと夏の思い出がかぶってしまった!

表紙から始まる『なまものの方舟』ではSF短編小説のアンソロジーを、裏表紙から始まる『方舟のかおぶれ』では『なまものの方舟』に出てきた生き物たちを紹介するコラムを載せています。今後さらにヴァージョンアップを経て東京文フリでも頒布する予定であるため、今回のバージョンは大阪文フリでしか手に入らないそうです!

出店ブースのWebカタログはこちら

小説すばる2022年10月号「偏愛体質」エッセイ掲載

syousetsu-subaru.shueisha.co.jp

こちらは文学フリマ大阪とは関係ないのですが、ついでにお知らせさせてください。

9/16発売の小説すばる2022年10月号にて、「偏愛体質」というコラムコーナーに1Pのエッセイが掲載されています。 私(稲田一声)が3歳のころから約20年間ずっと通っていた習い事、ジャズダンスについて書きました。タイトルは「笑わないダンサー」。

実は第59回日本SF大会『F-CON』へ向かう新幹線で、榛見あきるさんにエッセイのネタ出しに長いこと付き合ってもらっていたんですが、そのときはジャズダンスなんて一言も口に出してませんでしたね……榛見さんすみません!

エッセイを読んだあとに、私がSF創作講座第4期第1回課題で提出した梗概を読んでみると、ちょっと面白いかもしれません。榛見あきるさんの『虹霓のかたがわ』はチベット×ダンス×SFだし、今度発売される長谷敏司さんの『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』もコンテンポラリーダンス×SFらしいし、自分もダンスSF書きたいな……。

Webで読める淡中圏さんの短編おすすめ10作!

まえおき

このたび、SFメディアのVG+(バゴプラ)さんが立ち上げた新しいSF書籍レーベル Kaguya Books にて、今年8月に刊行されるアンソロジー新月(NEW MOON)』に、私(稲田一声)の書いた小説を載せていただくことになりました。

新月』には、かぐやSFコンテスト受賞者と最終候補者の書き下ろし20作+公募作品5作の計25作が収録されるのですが、その公募枠に選出いただいたのです。めでたい!

驚いたのは、私の大学文芸サークル時代の先輩である淡中圏さんもまた公募で選ばれていたことです。これはさらにめでたい!

というわけで、この記事では淡中圏さんの小説のなかでオススメの短編を10作紹介しようと思います。すべてWeb上で無料で読めます。

 

【本題の前にちょっと宣伝】
淡中圏さんや稲田一声の新作短編が収録されるSFアンソロジー新月(NEW MOON)』は、3月末までクラウドファンディングにて先行予約受付中です。
(下記リンク先の「かぐやSFアンソロジー(仮)」というリターンです)
他にもエッセイ集「私の小説の書き方」や、蜂本みささんの初長編など、魅力的なリターンばかりです。どうぞよろしくお願いいたします。camp-fire.jp

 

Webで読める淡中圏さんの短編おすすめ10作

1. 「この小説の読み方」(約2,000字)

tannakaken.xyz

タイトルの通り、この小説の読み方について書かれた小説です。これを読めば、この小説の読み方がわかって便利ですし、淡中圏という人の主な作風もよくわかることでしょう。

なお、最後の文の内容は今では無効になっているようです。お問い合わせの際は作者本人のツイッターにでもご連絡ください。

 

2. 「都市の環境再生について」(約3,000字)

blog.livedoor.jp

ニュース番組の特集ふうの文体で書かれた高速道路SFです。故郷の懐かしい風景が荒廃していくのを目の当たりにした主婦が、その熱意で人々を動かし、都市の環境を再生させようとします。

Webサイト版には作者の解説コメントもついています。

 

3. 「「未来」の学校」(約4,000字)

blog.livedoor.jp

機械学習手法の一種であるGAN(敵対的生成ネットワーク)を題材にした、世界創造SFです。第1回かぐやSFコンテストでは、審査員長・橋本輝幸さんの Honorable Mentionリストに選ばれました。
Webサイト版はこちら

 

4. 「騙し絵小説とは何かを考えてみた」(約10,500字)

blog.livedoor.jp

「騙し絵小説」なるものについての考察と実例です。どうすれば騙し絵のような小説が書けるでしょうか?

実際には「Get/Lost」「一人だけいる部屋」という二つの短編と一つの解説で構成されていますが、ブログとしては一記事なので一作扱いで。完璧な世界地図をつくろうとする男の物語と、見るものすべてが偽物のように感じてしまう男の物語です。

 

5. 「違います」(約7,000字)

tannakaken.xyz

その主人公は自分がフィクションの中の人物だと気づいてしまいましたが、その一方である致命的な勘違いをしていました。

なんとなくアンソロジー的な順番を意識しながらおすすめ作品を並べているんですが、このあたりはメタな仕掛けを使った小説が続きますね。この小説をはじめて読んだときにはめちゃくちゃ笑ってしまいました。

 

6. 「蛹の日」(約3,000字)

blog.livedoor.jp

ここらでちょっと趣向を変えまして、今度は幻想ホラーです。夜中に水を飲もうとキッチンに行った川平彩子が目にしたのは、床に倒れ伏す父親の姿とべたべたした薄緑の粘液でした。

Webサイト版には作者の解説コメントもついています。

 

7. 「Private Neologism」(約5,000字)

blog.livedoor.jp

すぐに新しい言語をつくってしまう彼女と、毎回彼女の言語を日本語に翻訳しようと苦心する彼の奇妙な蜜月旅行。お察しの通り言語SFです。

難しい専門用語や元ネタのある描写についてはリンクが貼ってあるという、Webならではの親切設計。

 

8. 「毒の庭」(約10,000字)

blog.livedoor.jp

自分でつくった毒草園の中にいるときだけは心が安らぐ王と、全身が毒の塊である少女のおとぎばなし。このあたりからだんだん作品の傾向がエモーショナルな方向に進んでいるかもしれません。

Webサイト版には作者の解説コメントもついています。作品全体の構造にも注目です。

 

9.「自由数学小説F(自然数論):さみしい自然数 ただしこのFとは,忘却関手 U:小説→散文 の随伴である.」(約4,500字)

The Dark Side of Forcing Vol.2 (PDF)

(※PDFの53ページ目から読めます)

淡中圏さんは数学同人サークル The Dark Side of Forcing に所属しており、同人誌『The Dark Side of Forcing』を定期的に刊行しています。そこからピックアップする短編は、もちろん数学小説です。

仲間と言える存在が身近にいなくてひとりぼっちの自然数 n が、とある疑念を抱いたがために旅に出てしまいます。終盤の内容は専門的すぎて自分も完全には理解できていませんが、それでも面白く読むことができました。

 

10. 「彼女のワープ」(約7,500字)

tannakaken.xyz

ラストは、病室で十年ものあいだ目覚めることのない女の子と、彼女に成人式の記念品を届けにきた男の子のSF短編。

これも途中で突拍子もない事実が明らかになったりするんですが、僕はこの小説の最後の一文が好きで、初読時から十年以上経った今でも心に残っています。

 

おまけ(リンク集)

淡中☆圏 (@tannakaken) | Twitter:淡中さんのTwitterアカウント

淡中 圏の脳髄(永遠に工事中) :淡中さんの小説やウェブアプリケーション作品が公開されているWebサイト

けんさく。:淡中さんの小説などの創作(↑と被りあり)や評論・書評などが公開されているブログ

The Dark Side of Forcing :淡中さんが所属している数学同人サークルの既刊同人誌が公開されているWebサイト

じあまり書房 - BOOTH:淡中さんや私が参加している創作サークルの同人誌通販ページ

2021/11/23文フリ東京の告知と「気になる!」サークルのメモ

どうも、稲田一声(17+1)です。

あさって2021/11/23(火祝)12:00〜17:00に第三十三回文学フリマ東京が開催されるのですが、そこで頒布される同人誌にいろいろ寄稿しているので、告知します。

また、Webカタログをチェックして気になったサークルも備忘録的にまとめました。みなさんの散財の一助となれば幸いです。

文学フリマ東京の開催情報はこちら↓

bunfree.net

なお、文学フリマ東京に来場される際は、朝の自主検温、マスクの着用、接触確認アプリの導入などの感染症対策へのご協力をよろしくお願いいたします。(くわしくは来場者向け案内ページをご確認ください)

 

【オ-04】SF文芸誌『Sci-Fire 2021』に寄稿しました

「SCI-FIRE(ブース番号:オ-04)」にて頒布されるSF文芸誌『Sci-Fire 2021』に、「掌の怨念」というSF短篇を寄稿しました。皮膚常在菌と、鯨の腹の中のお話です。意味もなく尻が光る叔父さんも登場します。正確には、尻以外の部位を光らせていない叔父さんです。他のひとたちは全身が光っています(鯨の腹の中はまっくらなので)(???)

『Sci-Fire』は、主にゲンロン大森望SF創作講座修了生が集まってつくっている同人誌なのですが、今号のテーマは『アルコール』です。

アルコール。それはひとびとに未知の知覚やいっときの忘却を与え、歓びと破滅をもたらす水です。この1〜2年で、飲食店での酒類の提供制限、Zoom飲み、アルコール消毒の習慣化など、アルコールとの関わり方も大きく変化したのではないかと思います。酩酊・消毒・燃焼・発酵といった、アルコールのさまざまな機序から着想した物語をお味わいください。

謎のマイクロノベル・食パン小説もあります(パン生地はアルコール発酵によって膨らむのです)。

また、ゲンロン大森望SF創作講座の回想録として、高丘哲次さんと遠野よあけさんのエッセイも掲載されています。SF創作講座応援ラジオ「ダールグレンラジオ」に一年間携わっていた身として、こちらもオススメです。

(ちなみに、今号では寄稿だけでなく編集作業にも参加しました)

 

【オ-26】接続されたSF誌『5G』に寄稿しました

「SF創作講座第五期生有志(ブース番号:オ-26)」にて頒布される『5G』に「祖母のひそやかな断面」というSF短篇を寄稿しました。タイトルの通り、祖母の隠された一面を孫が目撃してしまうお話です。世代間の断絶のお話でもあり、その断層を目の当たりにしていただけれれば幸いです。

(※上で引用したツイートにもあるように、本来のサークル名は「やんぐはうす」というらしいのですが、文学フリマのカタログ上では「SF創作講座第五期生有志」とあるのでそう表記しています)

『5G』は、ゲンロン大森望SF創作講座第5期生有志がつくった同人誌なのですが、下記の通りさまざまな企画が盛り沢山です。

  • 第5期受講生(稲田は聴講生でした)が過去のSF創作講座の課題にチャレンジ/リベンジしたSF短編群
  • 第8回ハヤカワSFコンテスト優秀賞を受賞された十三不塔さんのゲスト短編
  • 第5回ゲンロンSF新人賞受賞者+新人賞デビュー作家(第5期聴講生)の座談会
  • アンケート企画『実際どうだった? SF創作講座』
  • etc.

SF創作講座に興味のある人も、そうでない人もぜひチェックしてみてください。

 

「気になる!」サークルのメモ

文学フリマのWebカタログには、「気になる!」ボタンを押すことでサークルをお気に入り登録できる機能があります。自分がサークルチェックして「気になる!」ボタンを押したものを以下にまとめます(告知ツイートなどもセットでメモしておきたいので)。

ざっと確認しただけなのにめちゃくちゃ多い。でも、いつもいつもイベントが終わったあとになって面白そうな同人誌の存在を新たに知るんですよね……。

 

ア-31:LGTBQA創作アンソロジー

LGBTQAの創作アンソロジーOver the Rainbow』を刊行とのこと。

 

ア-32:李琴峰

芥川賞作家・李琴峰さんのブース。

 

イ-01:破滅派

SF創作講座関連では、高橋文樹さん、牧野楠葉さんが参加か。

 

エ-18:某高校編集部

『「もし「走れメロス」のメロスが無量大数、あるいはそれ以上、存在したら』気になる。

 

オ-04:SCI-FIRE

売り子もする予定です。

 

オ-11:三色集團 Tricolor Group

SF創作講座4期生の渡邉清文さんのサークル。創元SF短編賞・最終候補作の原型短編が載った既刊があるとのこと。

 

オ-12:アーカイブ騎士団

『幽霊屋敷小説集』気になる。

 

オ-14:反-重力連盟

SFアンソロジー『圏外通信 2021 裏』気になる。

 

オ-16:まつき屋

第12回創元SF短編賞を受賞された松樹凛さんのサークル。

 

オ-20:文文文庫

「酒✕百合」がテーマのアンソロジー『百合と酒』気になる。『Sci-Fire 2021』とアルコールつながりだ。

 

オ-24:ねじれ双角錐群

「群れ」をテーマにした短編アンソロジー無花果の断面』気になる。拙作「祖母のひそやかな断面」と断面つながりだ(?)

 

オ-26:SF創作講座第五期生有志(やんぐはうす)

接続されたSF誌『5G』に稲田一声も接続しています。委託本の『さく VOL.2』にもSF創作講座生が多数参加。

 

オ-29〜30:SF文学振興会

『SFG Vol.03 アジア特集』は購入済み。

 

オ-31:はるこん実行委員会

『剥奪する生』(エリザベス・ベア著 シライシユウコ装画・挿絵)気になる。

 

オ-32:手打ちそば四畳庵

本格ミステリーに大切なものを削っていく『オッカムの剃刀』シリーズ第3弾『ゆる密室□』気になる。

 

キ-23:薄禍企画

写真×掌編集『ひとひら怪談[水]』は購入済み。

 

コ-02:週末翻訳クラブ・バベルうお

『BABELZINE Vol.2』気になる。未邦訳翻訳小説全11篇+評論とのこと。

 

コ-07〜08:lotto140 & 爆弾低気圧

爆弾低気圧vol.5』にSF創作講座5期生の岸田大さんが参加とのこと。vol.4には4期生の古川桃流さんが参加されていましたね。

 

コ-19:桃鞜社

『浮気するゲイ・されるゲイ』がテーマのアンソロジー『桃鞜2021秋号』ちょっと気になる。

 

セ-01:傍点

長嶋有主催の俳句同人誌『傍点』の創刊号気になる。

 

ソ-37:奇書が読みたいアライさん

「全2巻のSFコミックはすべて名作!」SP気になる。

 

タ-09:LOCUST

「LOCUST vol.05 北海道」気になる。SF創作講座関連の人が多数参加か。

 

タ-19:双子のライオン堂出版部

『しししし4 特集中原中也』気になる。

 

タ-22:いぬのせなか座

いろいろ気になる。

(告知ツイート見つからず)

 

タ-25〜26:エクリヲ

最新号『エクリヲ vol.13』ちょっと気になるが、在庫僅少のため通販が確実なのか……。

 

タ-27:アレ★Club

新刊『アレ』Vol.10の特集「疑信―「信じること」の信を問う」ちょっと気になる。

 

タ-29:カモガワ編集室

『カモガワGブックスVol.3 〈未来の文学〉完結記念号』気になる。

 

チ-05〜06:奇妙な世界

『謎の物語ブックガイド』気になる。

 

チ-29:アニメクリティーク刊行会

『アニクリvol.4s アニメートされる〈屍体〉/葬送の倫理』『アニクリvol.5s 続・アニメートされる〈屍体〉/フィクションの政治』ちょっと気になる。

 

ト-01〜02:エリーツ

『ELITES Vol.4』気になる。

 

以上です。

それではみなさん、当日は東京流通センター 第一展示場でお会いしましょう。

 

 


2020年の活動ふりかえり

どうも、稲田一声(17+1)です。

今年の8月ごろから近況報告的な記事を書こう書こうと思っていたのですが、ぼんやりしているうちに年の瀬になってしまいました。2020年の活動報告として、この一年で書いた小説+αをまとめたいと思います。

ちなみに2019年のまとめはツイッターでやってました。

 

①改名SF「変わったお名前ですね」

school.genron.co.jp

SF創作講座第4期第7回課題「「取材」してお話を書こう。」に提出した短編です。13387字。

「わたし」こと嶺彩花(みね・あやか)は、七歳の誕生日に高熱を出して寝込んで以来、どうにも自分の名前がしっくりきません。しっくりこないどころか、長谷川留奈(はせがわ・るな)という名前こそがまさに自分の名前なのだと「目覚めて」いたのでした。どうして自分の名前なのに、自分で決めることができないのでしょうか?

梗概時点では「いま与えられている名前は自分を示すものではない」という嶺彩花の感覚(名自認?)がうまく伝えられず、実作を書くときに視点人物を変えたり原因らしきものを置いたりといろいろ工夫した覚えがあります。オチはもうちょっと別の形もありえたかも。同じ設定・別の登場人物でいろいろ書けそうな気もしますね。

②ファースト・コンタクトSF「きずひとつないせみのぬけがら」

school.genron.co.jp

SF創作講座第4期第8回課題「ファースト・コンタクト(最初の接触)」に提出した短編です。8952字。

夏休みに父の実家へ連れてこられた前田和希(まえだ・かずき)は、散歩中に奇妙な蝉の抜け殻を発見します。普通なら背中側にあるはずの脱皮したときの破れ目がどこにも見当たらないのです。他にも似たような抜け殻はないかと探し歩いた先で、和希はワンピース姿の謎の少年・幸村洋(こうむら・ひろし)と出会います。

ブログタイトル回収回です(ブログタイトル回収回って何?)。梗概講評時に「あまりにテッド・チャンすぎる」的なコメントをいただいたため、だいぶギミックが異なる実作を書きました。なので梗概・実作を読み比べてみると面白いかもしれません。実作を書くにあたって、もっとしっかり 参考文献を読んでおきたかったですね。反省です。

③味覚×視覚SF「光子美食学」

school.genron.co.jp

SF創作講座第4期第9回課題「「20世紀までに作られた絵画・美術作品」のうちから一点を選び、文字で描写し、そのシーンをラストとして書いてください。」に提出した短編です。12041字。

飛び込み選手の志尾徹平(しび・てっぺい)は試合中の事故で後頭部を強打し、脳挫傷により両眼失明……ではなく、見たものをすべて「味」として感じ取るようになってしまいます。視覚がすっかり味覚に置き換わってしまった徹平は、再び飛び込み選手として復帰するために特殊なリハビリをはじめますが……。

これはすごく面白い課題でした。マグリットの『Les Valeurs Personnelles(個人的価値)』という絵を題材にして、視覚が味覚に置き換わった徹平の見ている(味わっている)世界と現実世界を重ね合わせて絵に描いたら『個人的価値』になる、という趣向を思いついたところまでは良かったのですが、梗概提出時ではラストシーンしか考えていなかったのであとから設定やストーリーを組み立てるのが大変でした。

④人魚SF「接ぎ木の人魚」(第3回阿波しらさぎ文学賞落選作)

(未発表のためリンクなし)

第3回阿波しらさぎ文学賞に応募した短編です。賞の詳細は検索していただければと思います。4762字。

あらすじのうち穏当なところだけ抜き出すと、鳴門海峡の人魚の女の子が、オンラインゲームで知り合って好きになった人間の女の子と急に会うことになってしまい、慌てて美郷の狸や吉野川の河童の協力を得て両脚を手に入れるというようなお話でした。

たしかコロナ禍によってSF創作講座のスケジュールが大幅に後ろ倒しになっていたころにいきおいで執筆したような覚えがあります。

⑤未来の学校SF「視点ABC」(第1回かぐやSFコンテスト選外佳作)

17plus1.hatenablog.com

第1回かぐやSFコンテスト(テーマ:未来の学校)に応募した短編です。賞の詳細は検索いただくか、上記のリンク先をご覧ください。作品も読めます。3952字。

VR高校にて、おしゃれ好きで毎日個性的なアバターで登校しているAさん、人間嫌いで他人を深海魚の姿に上書きしているBさん、クラス担任という権限を使って現実の自分そのものを強制的に生徒に見せるC先生、それぞれの視点が交錯するお話です。

こちらも、SF創作講座のスケジュールが大幅に後ろ倒しになっていたころに執筆した覚えがあります(↑の記事の冒頭にもそんなことが書いてありますね)。残念ながら最終候補には選ばれなかったものの、選外佳作として審査員の井上彼方さん・審査員長の橋本輝幸さんのHonorable Mentionリストに挙げていただきました。やったね!

⑥マンガ物理学SF「おねえちゃんのハンマースペース」(第4回ゲンロンSF新人賞東浩紀賞)

school.genron.co.jp

SF創作講座第4期最終実作(課題・テーマなし)として提出した短編です。35207字。

マンガやアニメのキャラクターの背後にときおり存在する、本来所持できるはずのないアイテムを出し入れしている謎の空間を俗に「ハンマースペース」と呼びます。まるでその「ハンマースペース」のように背中に見えない穴があって自由にモノを出し入れできる姉と、その穴の中に入ったために取り返しのつかないことが起こってしまった弟が、それぞれ世界を揺るがします。

SF創作講座の最終実作はそのままゲンロンSF新人賞への応募作になるのですが、こちらは第4回ゲンロンSF新人賞東浩紀賞を受賞しました。やったね!

⑦ 掌編「迷彩された星」(ブンゲイファイトクラブオープンマイク)

note.com

BFCオープンマイクに投稿した掌編です。上記リンクの「083」番目の作品です。

「外敵から身をまもるため小説に擬態する耳なし芳一」というコンセプトで書きました。きっと、これだけ物語が集まる場ならうまく紛れることができるに違いないと思ったのでしょう、この掌編は。

その後、池田くんは元気だとわかったので良かったです。

 

⑧頭部落下SF「塚原くんと同じ顔」(第2回ブンゲイファイトクラブ落選作)

17plus1.hatenablog.com

第2回ブンゲイファイトクラブに応募した作品です。賞の詳細は検索いただくか、上記のリンク先をご覧ください。作品も読めます。2145字。

ときどき謎のぶよぶよとした大きな頭が降ってくるようになって久しいとある町に、その頭とそっくりな転校生がやってくる話です。

結果は予選落ちでしたが、個人的に気に入っている作品です。ブンゲイファイトクラブは本戦以外でもさまざまな盛り上がりがあったので、ちょっとだけですがその一部に関われて面白かったです。

⑨マンガ物理学SFパート2「Deadlineの東」 

17plus1.booth.pm

第三十一回文学フリマ東京にて頒布した、「マンガ物理学」というテーマの小説アンソロジー『息 -Psyche- vol.5』収録作です。上記リンクで通販がはじまっています。18000字くらい?

マンガ物理学(Cartoon physics)とは、たとえば「キャラクターが崖の端を通り過ぎてしまっても、当人がそのことに気づくまでは一切重力が働かない」というような、マンガやアニメでよく見られる奇妙な物理現象のことです。「おねえちゃんのハンマースペース」のハンマースペースもマンガ物理学の一種です(正確には”アニメ”物理学らしいですが)。

 本作「Deadlineの東」は、上記のツイートで説明しているように、右から左へと進むコマ割りの物語と、左から右へと進むコマ割りの物語があって、それぞれが左右から近づいていって、ぶつかって、交差していく話です。やってみたいアイデアをそのまま形にしたらめちゃくちゃなことになってしまいました。また、笹帽子さん主宰のリフロー型電子書籍化不可能小説合同誌『紙魚はまだ死なない』へのリスペクトも込められています。

⑩触感ASMRSF「あなたがさわる水のりんかく」

booth.pm

こちらも第三十一回文学フリマ東京にて頒布されていました、ゲンロン大森望SF創作講座修了生有志によるSF文芸誌『Sci-Fire 2020』収録作です。上記リンクで通販がはじまっています。12000字くらい。

触感ASMRコンテンツを配信する白い立方体「乾タツミ」のお話です。ASMR(Autonomous Sensory Meridian Response)というのは、焚き火のパチパチ燃える音や囁き声、石鹸をナイフで薄く削る様子などといった特定のシチュエーションでの音声・映像がトリガーとなって、ある種の奇妙な心地よさが引き起こされる現象のことです。それの触覚版を(触覚デバイスを通して)乾タツミは配信していましたが、あることが理由で活動休止していたのでした。

たしか2018年のことだったと思いますが、文学フリマで自分のサークルとSCI-FIREのサークルが偶然お隣どうしで、名倉編さんがすぐそばで売り子をされていたりして、すごいすごいと友達と一緒にキャッキャしていた記憶があります。まさかその2年後にそこへ加わることになるとは……!

(番外)第5期ダールグレンラジオ始動

scifire.org

ダールグレンラジオというのは、「ゲンロン 大森望 SF創作講座」の提出作品について、非受講生が勝手に応援するポッドキャスト番組です。

SF創作講座第4期が終わって、さあこれからどうしたものかと思っていたところにお声がけいただき、同じくSF創作講座第4期を受講していた遠野よあけさんと一緒に第5期ダールグレンラジオのメインパーソナリティになりました。

今期のダールグレンラジオでは、SF創作講座第5期で毎月提出される梗概・実作を全部読み、ラジオで全作にコメントすることを目指しています。しかもおたよりコーナーまであります。そのため毎回めちゃくちゃ長時間の収録となり、とても大変ですが、今のところこの方針を変えるつもりはありません。よね?

上記のリンクでは、ゲストとしてSF作家のアマサワトキオさん・櫻木みわさんのお二人をお招きして、四人でおたよりを読んでいます。櫻木さん・アマサワさんの受講時の話や、創作についてのアドバイスなどいろいろお話していてSF創作講座受講生でない人でも面白いと思いますし、なにより収録時間が1時間10分とちょうどいい!ので、ぜひ聴いてみてください。

というわけで

2020年は、10作の掌編・短編小説を書きました。去年から続くSF創作講座をやりきるとともに、ダールグレンラジオという新たな挑戦にも取り組んだ一年でした。

みなさん、今年も一年お世話になりました。ありがとうございました。よいお年を!

わたしの暴力と破滅のアンソロジー

暴力と破滅のアンソロジーとは?

Twitterにて「暴力と破滅のアンソロジー」という文字列または「#暴力と破滅のアンソロジー」というハッシュタグで検索してみてください。なんとなく分かると思います。わたしもなんとなくでこの記事を書いています。ついでにAmazonで「暴力と破滅」と検索して、検索結果に現れた電子書籍を購入するのもよい考えだと思います。

 

わたしの暴力と破滅のアンソロジー

○「燃えろ看板娘」矢部嵩

和菓子屋の娘かしこは父の入院をきっかけに店を手伝うようになるが、なにもかもうまくいかず失敗続きで、やがて破滅する。勢いがあって楽しく、読むとなぜだか元気が出る。カクヨムで読める。

○「沖縄ァオオアン!!」ナクヤムパンリエッタ

旅行記マンガ。北海道好きの作者が「北の反対は南」という理由で沖縄に行き、下調べゼロのため破滅的な旅がはじまる。他の旅行記もハチャメチャで面白い。BOOTHで電子版が購入できる。

○「スクールアタック・シンドローム舞城王太郎

自宅のソファの上から離れられなくなって半年が経った父親と、学校襲撃計画をノートに記す15歳の息子。「暴力」から最初に連想したのはこれでした。短編集『スクールアタック・シンドローム』収録。

○「鳳梨娘」沙村広明

果汁と果肉に満たされた水槽で暮らす果実生産会社の娘エリセは、フルーツ以外のものを口にすることを一切禁じられていた。もっと暴力的で破滅的な作品もあるだろうけどこのくらいが好き。『幻想ギネコクラシー』第1巻収録。

○「万灯」米澤穂信

バングラデシュでの天然ガス事業を実現させるためには、開発拠点としてボイシャク村の協力が不可欠だったが、そこには排除しなければならない障害があった。倒叙ものはだいたい破滅。『満願』収録。

○「めまい」田中鈴木

幸太郎が幼馴染のてっちゃんの家に行くと、そこにはてっちゃんの両親の惨殺死体が。「いっしょに逃げてくれよ」とてっちゃんは幸太郎に言い、二人の逃避行がはじまる。単独で電子書籍が購入できる。

○「モータルコンバット」ケヴィン・ウィルソン(著)、芹澤恵(訳)

残虐な格闘ゲームモータルコンバット》が好きなオタク男子二人はいつも視聴覚機材室でクイズを出しあっていたが、ある日もののはずみでキスしてから関係が変わりはじめる。破滅しないでくれ。『地球の中心までトンネルを掘る』収録。

○「かわいい闇」マリー・ポムピュイ(作)、ファビアン・ヴェルマン(作)、ケラスコエット(画)、原正人(訳)

住処にしていた人間の少女が森で死んでしまったため、不意に過酷な自然へと放り出されることとなったかわいい小人たちの暴力と破滅。もとは大型本のバンド・デシネだけど、これは架空のアンソロジーなので無理やり入れる。

 

 

暴力と破滅の短編集 (V&R BOOKS)

暴力と破滅の短編集 (V&R BOOKS)