「造花だったらどんなによいか」梗概

造花だったらどんなによいか(梗概)

 世界中でデータが増え続け、情報ストレージの枯渇が危惧される近未来。落合輝(あきら)は太陽系内に発見された原始ブラックホール(以下、PBH)を大容量情報ストレージとして活用する研究をしていた。しかし輝の母は彼の仕事に理解を示さない。父の死去以来独居する母は陰謀論に嵌り、ブラックホールなんて本当は存在しないと言い張るのだ。

 ある日、輝は同僚のペリから相談される。分析中のPBHに、すでに何らかの「メッセージ」が格納されていたのだという。「私は花を見た。違う、前から知っていた!」と声を上げるペリに輝は母の姿を重ねる。

 ペリは休暇をとらされ、輝はPBHの観測データを引き継いだ。理論上、PBHに吸い込まれた物質が持つ情報は、ホーキング輻射によって生成・放出される光子の状態としてPBHの外に戻ってくる。しかし観測データの解析結果からは、ペリの言う「メッセージ」らしきパターンは見つからなかった。

 やがて輝は、ペリが観測データからホーキング輻射のシミュレーションを作成していたことを知る。対外的なプレゼンに使う、PBHまわりの挙動を再現したVR映像だ。VR映像を再生し、仮想空間に映し出される光の粒の奔流を目の当たりにした途端、骨組みだけの花とでも形容すべき像が輝の脳裏に浮かんだ。つづいて花びらや葉のテクスチャ、手ざわりやにおい、そして深い悲しみ。その花を昔から知っているような感覚に襲われた輝は、慌ててペリに連絡をとった。

 輝とペリは、PBHから放出された情報がVR映像を通して自分たちの脳に書き込まれたのだと考えた。異星の知的生命体による種のアーカイブだという輝の仮説に対し、これはウイルスだとペリは主張する。「何者か」は意図的に花の情報を脳に植えつけ繁殖させようとしている、あるいはこの花の情報自体が「何者か」かもしれない、と。

 輝はウイルス説に納得しつつも、植えつけられた深い悲しみが呼び起こす「多くの者に花を配らなくては」という衝動に抗えない。ついにはペリの制止を振り切ってVR映像を研究所のバーチャルオフィスから持ち出してしまう。

 母の住む集合住宅へ逃げ込んだ輝は、父の遺影のそばの仏花を見て「メッセージ」の真意を悟った。それはアーカイブでもウイルスでもなく、大昔に滅んだ「何者か」による哀悼の意だ。死者に花を供える風習を知る輝とペリは、「何者か」の滅びゆく仲間たちへ向けた哀悼の意を、存在しない花のイメージとして受け取っていたのだ。

 その後、輝がVR映像を世に広めることはなかった。真意を悟ったいま、「何者か」の哀悼の意へ向き合うには自分とペリの二人で十分だと思い、衝動は薄れていた。

 しかし、ときおり輝は考える。もしかすると、我々人類が宗教や民族を越えて死者に花を供える風習をもっていることそのものが、古来よりPBHから放出されている「メッセージ」を知らずに受け取りつづけた結果なのではないかと。